book SECOND EDITION

Dialogue in Design原研哉、阿部雅世 対談 

なぜデザインなのか。 

原研哉、阿部雅世 著

感覚の世界地図を広げよう

寝ても覚めても「デザイン」の原研哉と、

ヨーロッパ在住17年の阿部雅世が、

東京、ベルリンで語り通した全記録。

​日本は大丈夫か。感覚の平和は訪れるのか。

あとがき-デザインでできること     

阿部雅世

 

原研哉さんという日本の恐竜と、得体の知れない小さな珍獣の私が、「デザイン」という名の駅で出会ったところに、この本はでき上がった。

 

恐竜も、珍獣も、広い広い駅前原っぱを与えられて、思いっきり走り回ったものの、気づいてみれば、それは平凡社の下中美都さんの手のひらの上でのできごとで、この二頭の不思議な生き物を、辛抱強く調教しつつ、下中さんか手のひらをゆっくりと閉じられて、開くと、それが本になっていた。

 

こういう機会をいただかなければ、こんなに長い時間、原さんとお話をすることはなかったのではないかと思う。「建築の左目」と「工作の右目」の焦点のあったところにデザインというものを視ていた私にとって、グラフィックデザイナーという視点から繰り広げられる、原デザインワールドは、新鮮で楽しく、また同時に難しく、美しい知らない砂漠に迷い込んでしまったような気持ちになったこともあった。

 

話題が展開するごとに、たくさんのはてなマークが、頭の中にキノコのように生え、それを一つずつ検証することで発見したことも多く、今までに体験したことがないほど、消化に時間がかかる、フルコースの対話であった。こんなに濃厚に、多くの問題と向き合えたことは幸せであり、貴重な時間を過ごさせていただいた。

 

それは、私にとっては、はからずも、地球の裏側まで距離を置くことで、おぼろげに見えてきていた日本の問題か、急に目の前に立ち上がり迫ってくるのと戦うような時間でもあった。原さんとの対話を通して、長年の疑問を凝縮したジグソーパズルの塊が、次々とかみ合ってはいくものの、そこに見えてきた問題は、あまりにも大きく、その前にあって、自分はあまりにも小さく、対談を終わってもなお、 いくつもの問題か頭から離れないでいる。

 

世界有数の技術大国でありながら、「技術は、何もハピネスを生み出していないのではないか」と、対談の中で原さんが、ふと漏らされたような現実は、戦後の日本が、半世紀以上にも渡って教養や哲学に時間を割く余裕のない、即戦力としての優秀な技術者ばかりを育ててきたことに帰するのかもしれない。確かに、ハピネスは、技術からではなく、教養や哲学から生まれてくるものだ。私が対談で述べたハピネスは、技術の楽しい使い方という、あまりにも些細で無力な例だったかと思う。「教養のない土地は、滅びるしかないんだよ」 という、ヴァロリスの老職人のつぶやきは、日本中にこだましている。

 

ヨーロッパのモダニズムは、思想と社会の近代化を骨格にして育ったものだが、日本のモダニズムは、スタートして、いくばくかも行かないうちに、思想や社会の近代化を置き去りにし、その後は、浮世離れした美意識だけを頼りに、技術に、モダンな形を与えてきただけのものだ。そして、その美意識過剰の断片が、豊かでおしゃれでハッピーな生活の幻覚を保証する、お手軽な麻薬として、万人に配られている。

 

そういう日本空前のデザインブームを目の当たりにして、「それがデザインなの?」という、私の根本的な問いは、宙に浮いたまま、どこにも着地できないでいる。

 

再開発という名のカイゼンが永遠に続く、日本の都市環境の中で、生活はますます疲弊し、混乱している。そして、どんなに単体のボタンをカイゼンしても、掛け違えたボタンは直るものではないということに、そろそろ人は気づき始めている。

 

このような時代に必要とされるのは、ないがしろにしてきた日常生活を一つ一つ根気よく解いていくという、過去と未来の間のお百度参りのようなおそろしく地味な仕事を、嬉々としてこなせるだけの創造力を持った若者であろう。日本独自の豊かさに満ちた生活を再構築するためにも、そういう若者に、これからのデザインを担ってほしいと、切実に思う。

 

都市の美しさとは、日常生活の中の命の美しさである。ハイテクも高層ビルもないのに、ナポリが美しいのは、そこに生活する人々の命が美しいからだ。都市は、個人の日常生活という小さな細胞でできている。個々の細胞が、活き活きと再生するならば、日本の都市もまた、健康を取り戻すことができるはずだ。そして、それが世界のどこかで、同じ問題に遭遇するであろう都市や、人を、勇気づけることにもなる。

 

酔いを醒まし、同じ危機感を共有する人と手を組み、置き去りにされた思想まで、濁流をさかのぼって戻ること。その思想が完全に埋もれてしまう前に、素手でそれを掘り起こすこと。感覚を研ぎ澄まし、その中に封印された哲学を読み取ること。そして、その上に、骨格のある日常生活を構築しなおして、次の世代に手渡すこと。

それが、これからの、日本のデザインに課せられた、一番重くて尊い課題ではないかと思う。

 

そして、それができた時、私たちの暮らしは、初めて、少し救われる。

 

―2007年7月  エストニアにて

  阿部雅世

(あとがきより 抜粋)

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